【帝国データバンク×滋賀大学】 共同研究を通じて、データサイエンスのエンジニア育成や中小企業の活性化をめざす

膨大な企業データとその取り扱いのノウハウを有する株式会社帝国データバンク(以下、TDB)と、機械学習の知見を有する滋賀大学が連携し、データサイエンスの教育・研究・実践の場として2019年7月に設立された帝国データバンク/滋賀大学Data Engineering and Machine Learningセンター(以下、DEML センター)。人材育成や共同研究とともに、企業がもつデータマネジメントの課題に取り組んでいます。TDBの大里隆也さんとDEMLセンター長の杉本知之教授にお話を聞きました。

大里隆也さん(写真右)

博士(工学)。株式会社帝国データバンク プロダクトデザイン部 プロダクトデザイン課 課長補佐。内閣府 経済社会総合研究所 研究協力員。滋賀大学 DEMLセンター 主任研究員、滋賀大学データサイエンス・AIイノベーション研究推進センター 特任講師。専門分野は、社会システム科学、統計的モデリング。

杉本知之(写真左)

博士(理学)。滋賀大学 データサイエンス学部 教授。滋賀大学 DEMLセンター長。専門分野は、統計学の理論と方法、および実質科学分野への応用。とくに、事象時間データの分析の統計的方法、コンピュータ駆動型多変量解析法の研究。

どんなジャンルにも対応できる布陣が学部にまとまり、連携がしやすい

——TDBと滋賀大学が協働し、DEMLセンターを開設された経緯についてお教えください。

大里:2017年、滋賀大学が国内初のデータサイエンス学部を開設した際に、TDBへお声がけいただいたのが連携の始まりでした。ビッグデータの一般化が求められている一方で、それを活用可能な形にできる人材はほんの一握り。我々としてもビッグデータを加工できるエンジニアの育成が必要だという課題を感じていたところでした。

杉本:滋賀大学がもつデータサイエンスに関する知見と、TDBがもつ豊富なビッグデータやスキルを掛け合わせて教育に活かそうと、その年の11月に包括連携協定を結んだんですよね。その取り組みをより発展させる形で、データサイエンスで課題を解決し、日本の中小企業を活性化させようと、約2年後にDEMLセンターを設立しました。全国の企業に関するビッグデータに学生が触れられる環境は非常に価値が大きい。生きたビジネスデータをどう運用し、どう業務に役立てていけるかを垣間見られますからね。

——協力関係を築くことで、とくに期待されたことは?

大里:滋賀大学は特別に統計分野の研究者層が厚く、それぞれの分野に長けた専門家がそろっているのが大きな魅力です。大学との共同研究は、研究室単位で行うことが一般的ですが、滋賀大学は特定の教員ではなくデータサイエンス学部全体と連携するため、どんな課題にでも対応してくれるだろうという期待がありました。テーマに沿った研究者をアサインしてもらえるのは、企業側としてはありがたいですね。

杉本:データを有効に扱うには、多様な専門性が必要です。滋賀大学には、統計学、数理工学、画像解析など、それに応えられる、さまざまな分野の研究者が集まっています。どんなジャンルにも対応できる布陣が学部としてまとまっていて、連携しやすいのは、滋賀大学ならではの強みではないでしょうか。全国に先駆けてデータサイエンスを専門に扱う学部をつくったことで、優秀な研究者を集められたのは大きいと思います。

中小企業の業務を最適化し、課題を解決する自動化アルゴリズムを開発

——DEMLセンターでの共同研究ついて、これまで取り組まれた具体例をお教えください。

大里:DEMLセンター発足時から参画してくださっているのが能勢鋼材株式会社様です。ステンレス鋼材の加工卸売りを行っている企業ですが、納品時の配送に課題を抱えていらっしゃいました。というのも、どのトラックが荷物を運ぶかを決定する配車は人が決めており、これには土地勘や経験が必要なことから、非常に属人的な業務になっていたのです。経営課題としても認識されており、配送車の割り振りをなんとか自動化できないかと相談を受けました。

杉本:とはいえ、単に最適な配送ルートを数学的に求めればいいというわけではなかったんですよね。いろんな社内の事情もあって、本当に会社が求める「最適」の意図を汲み取って、できる部分を自動化していくという作業でした。最初は課題の本質を理解するのに時間がかかりましたが、会社全体で協力体制を整えてくださり、ありがたかったです。

大里:ご要望を踏まえたアルゴリズムを開発し、それをもとに配車や配送を試してもらったのですが、毎月のミーティングでは実務担当者が試運転の結果をフィードバックしてくださり、とてもスムーズに開発が進みました。共同研究の成果として、2020年10月には最適配送ルート設定のアルゴリズムが完成したことを発表しました。現在は実運用の段階に入り、「運転手からすると、このルートは回りにくい」「部品を取りに行くケースもあるから、この順番は固定してほしい」といった個別のニーズに応じたアルゴリズムの調整を行いながら,社内システムに乗せようとしている段階です。

「最適配送ルート設定の自動化アルゴリズムの実現」について研究発表をする大里さん

杉本:導入したことで、どれぐらいの効果が表れたかという報告もされていますよね。

大里:時間が短縮された、トラックの台数も走行距離も減ったなど、数字としても出てきていますが、何より大きかったのが、運転手の不公平感がなくなったことだと報告を受けています。人によっての件数や走行距離、走行時間を計測しているので、データで見えて納得感があったようです。実質的なところ以外の、人の感情にも携われたのはうれしい結果でした。

——その後も継続的に共同研究を進められているとのことですが。

杉本:能勢鋼材様では、クライアントの要望にあわせて母材からパーツを切り分けるのですが、残った部分を使って、また別のパーツを切り分けていきます。使えない部分を出さないためには、どのような母材を、どう切り分けていくのが最適なのか、これを示すためのアルゴリズムの開発に取り組みました。現在は試用段階に入っていますが、機械だからやはり決定が早く、実運用での効果が期待されます。

大里:共同研究を開始したときはデータを活用したいけれどデータサイエンスが分からない状態でしたので、うまくコミュニケーションがとれるようになるまでに少し時間がかかりました。共同研究を始めようにもデータサイエンスを解釈できるメンバーが社内におらず、社内で普及のためのコミュニケーションがとれないことは、今後、中小企業と共同研究を進めるうえでの課題になるのではないかと感じています。ただ、能勢鋼材様の場合、データサイエンスについてある程度理解していただいた後は、スピード感をもって対応してくださいましたね。ちなみに、この取り組みをきっかけに、能勢鋼材様がデータサイエンスの必要性を感じてくださり、能勢鋼材様のご担当者が滋賀大学の修士課程に入学されました。今はその方が社内での説明を担ってくださっているので、会話のスピードが格段に早くなりました。

杉本:熱意をもって取り組んでくださり、一緒にできて本当に良かったです。データを使って何かやりたいとなっても、どんなデータをどう用意すればいいか、経験がないと難しいですからね。会話のキャッチボールを繰り返しながらイメージを共有していけたことが、成果につながったと感じます。能勢鋼材様の参画は、当初は3年間の予定でしたが、成果が評価され、さらに継続していただくことになりました。

社会の生きたデータを扱い、処理や分析を行うスキルも身につけられる

——成果を出すことで、取り組みも発展してきているんですね。

杉本:能勢鋼材様との共同研究により完成させたアルゴリムなど、これまで培ったノウハウを新たな展開につなげていこうともしています。

大里:ほかの企業様にも応用させることが、DEMLセンターの目的である中小企業の活性化にもつながりますからね。一般化させるためには、開発を担うDEMLセンターの学生たち同士の連携も不可欠です。そこで参画してもらったのが、株式会社セゾン情報システムズ様です。

——どういう協力をされているんでしょう。

大里:同社が運用しているノンプログラミング開発ツール「Data Spider」を活用させてほしいとお願いしました。「Data Spider」は、アイコン化したデータをつないで処理を行うなど、直感的に操作ができるので、引継書を用意しなくても、だいたいは「見ればわかる」形で共有できます。

杉本:DEMLセンターには現在、25名ほどの学生が在籍していますが、参画できるのが3年次からなので、大学院に進まない限り2年間で入れ替わっていきます。そのため前任者が残した開発途中のプログラムを引き継ぐのに、手間も時間もかかるおそれがありました。しかし能勢鋼材様のアルゴリズムも、「Data Spider」を使って開発したので、引き継ぎがとてもスムーズでした。

——開発したアルゴリズムを別の案件に応用させる際にも、役立つわけですね。学生がノウハウを学ぶ機会はあるんですか?

大里:DEMLセンターに参画する学生は、セゾン情報システムズ様による2日間の研修に参加してもらっています。

杉本:センターに参画する学部生は、大里さんによるデータ研磨の講義も必須で受けてもらっています。分析するにあたり、その前処理としてデータをきれいに研磨する作業は避けて通れません。にもかかわらず、教育に使うデータは整えられ過ぎていて、学生たちは社会に出るまで前処理を教えてもらえる機会がほぼなかったんですよ。

大里:世の大学すべてに言えることですが、実務者が行うデータマネジメントそのものに携われる機会って実はないんですよね。そのため、2018年から3年間は、実践スキルを学んで演習問題に取り組んでもらう「データエンジニアリング人材養成」という集中講義として行ったところ、受講した学生が研究室での共同研究で非常に活躍してくれました。それで大学から、通常の講義として実施してほしいとご依頼いただき、現在は演習形式ではなく講義形式にして、人数制限なく2年次後期に「データ研磨」という題目で講義を行っています。

2020年後期実施「データエンジニアリング人材養成演習」のオンライン授業風景

杉本:最初は20名ぐらいの受講生でしたが、昨年度には、データサイエンス学部のほぼ全員が受講するようになりました。今までふわっとした気持ちでプログラミングを学んできた学生も、この講義を受けると刺激になると言ってくれています。

——DEMLセンターに参画する学生たちって、どういうポジションになるんですか?

大里:「研究支援者」という肩書きで参加してもらっています。実務に携わってもらうのは、学生にもメリットが大きいと思います。私自身、修士課程のとき1年間の長期インターンに参画したのですが、実践で行うアルバイトはとても貴重な経験でした。実践の場で活躍できる準備をした学生が参画しているのは、DEMLセンターの大きな強み。なかなかここまで学生がメインで参加して企業活動に貢献し、成果を出せる共同研究の形はほかにないです。

杉本:DEMLセンターで鍛えられている学生はよく手が動き、スキルの習得が全然違うと、いろんな先生から好評価をいただいています。社会の生きたデータを扱い、データサイエンスに関するスキルも身につけられるのは、学生にとっても、これからの社会にとっても意義深いことです。

DEMLセンターで学生たちが作業をする様子

同じ彦根キャンパスにある、経済学部の教員とも連携して独自の研究に

——企業だけでなく、同じ彦根キャンパスにある経済学部との連携も特徴ですよね。

杉本:DEMLセンターが始まって半年ほど経った頃、せっかく近くにいる経済学部の先生方の知見も活用して研究できればとお声をかけたんですよね。TDBさんのビッグデータを使って、楠田(浩二)先生らと進めたのがコロナ禍の倒産件数予測モデルや完全失業率予測モデルの開発でした。山下(悠)先生とも、経営者の人柄や特性といったデータを活用し、経営者の性格が経営行動にどう反映されるかという共同研究につながりました。

大里:経済学では理論の研究・仮説設定ができても、それを検証する実証研究はかなり難しいようです。その実証の部分を、データサイエンスの面から補完するのはとてもいい形だと思います。コロナ禍における倒産件数や失業率の予測は社会的にも関心の高い内容でしたし、経営者の性格が経営判断にどう関わるかも、我が社の商品開発のヒントになるところもありますからね。

杉本:倒産モデルの研究内容が複数の学術誌に掲載されるなど、実績としても積み上がってきています。ここまで順調に成果が上げられてきたのも、大里さんの存在があったからこそ。窓口役としてTDBさんから滋賀大学に派遣され、頻繁に顔を出してくださっているのも、一連の共同研究がテンポ良く進む大きな要因となっています。

大里:ほぼほぼ毎週、東京から来ていますから……私が機能していて良かったです(笑)。DEMLセンターは、学生の溜まり場みたいにもなっているので、研究の相談をされるなど、コミュニケーションも積極的にとり、いろんなところの懸け橋になれるよう努めています。

「経済学部の先生とタッグを組まなければ出てこなかったアイデアが共同研究のテーマになっている」と口をそろえる二人

即戦力になれる人材を育て、商品開発にもつなげ、Win-Winの関係を深めたい

——DEMLセンターが開設して4年となります。今、振り返ってあらためて感じるDEMLセンターの魅力や意義についてお教えください。

杉本:設立以降、たくさんの成功例や好循環を生みだせました。学生、教員、共同研究先の企業、すべてがWin-Winの関係になれるよう、DEMLセンターが発展してきたことは大きな成果です。社会で求められている人材も巣立っていますし。

大里:センターに携わり卒業した学生も、もう10人以上になりますか。そろそろいろんな報告が聞けるようになるとうれしいですね。引き続き、データサイエンスの“当たり前化”を進めていきたい。企業の課題解決に必要とされる分野なので、即戦力になれる人材を輩出していくことに強い意義を感じます。

杉本:最適化などのAI自動化やデータ利活用の課題をもつ企業さんにも、もっと知っていただきたいですね。経済学部の先生方とのコラボレーションも、さらに増やしていきたい。データサイエンス学部にも、新しい先生が徐々に増えてきています。新たなノウハウを活かしながら展開していければ面白いですね。

大里:TDBからも滋賀大学の修士課程に4人派遣しましたが、その研究成果をビジネスに貢献できるように動いています。TDBには、まだまだ活かし切れていないデータがあるので、さらに連携を、より具体的な商品開発につなげられれば、Win-Winの関係がますます深まると考えています。

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